佐倉市三曲会

毎年6月と10月は、佐倉市まで三曲の発表会を聞きに行っているのだが、今年もそのお知らせが来たので前日に八千代の実家に戻る。ちなみに三曲って言うのは、箏・尺八・三味線のこと。
初めて高校時代の後輩に呼ばれて三曲の発表会に行ったのは17歳の頃だから、かれこれ13年も行っていることに……いやー、もうそんなになるのか。
花束持ってきてねって言われて、初めて自分で花束を買って持って行った時にはちょっと恥ずかしかったっけ。
初めは音楽に関して全く興味がなかったものの、毎年案内が来ては花束持って聞きに行って……ということをしているうちに、箏曲って言うのがどういうもんなのか興味を持ってきて、弾き方の本を買ったり、発表会の前に後輩が弾く曲の譜本を船橋東武で事前に買って聞きに行くようになったり。
後輩の彼氏が演奏会に来ていたものの、眠そうにしていたので話につきあってたら、思いの外面白くてあんまし演奏が聴けなかったこともあったな〜。
そのうち、後輩は箏から胡弓に移行後、空手を本格的に始めて発表会には出なくなってしまった。
その後、花束を渡す相手は箏の先生をしている後輩のお母さんに変わりつつも毎年聞きに行っていたものの、13年目の今年は、後輩だけじゃなくて、後輩のお母さんも出ていないが、わざわざ埼玉から三曲の発表会を聞きにくるためだけに佐倉まで行くのであった。
ヴァイオリンでもそうだけど、曲自体がどうのと言うよりも、実際に弾いているところを見るのが好きなんだよな。
今年の発表会で気になったのは、元々少なかった山田流箏曲の人が全然見なくなって、ほとんど生田流箏曲になってしまっていたこと。
山田流の人は生田流の曲も弾くけど、生田流の人は山田流のは弾かないとか言う話を読んだことがあるので、山田流の人がいないと聞けない曲とかもあるんかな。
山田流と生田流では、指先に付ける爪の形が生田流では四角くて、山田流では丸いって昔本で読んだけど、まさか四角いから山田流の曲は弾けないとか言うことはないと思うんだけどなー。
やっぱり、江戸で始まった山田流の曲なんか京都の生田流がなんで弾かなきゃならんのかとか、そう言う問題なんかねー。